日本の資産承継において、現金をそのまま贈与する手法と不動産に形を変えて贈与する手法の間には、税務上の評価額において決定的な格差が存在する。特に東京都国立市のように、文教地区としてのブランド価値を維持し、地価が安定的に推移している地域では、この評価格差を利用した資産圧縮効果は極大化される傾向にある。一般に「不動産贈与は現金の3倍お得」と称される根拠は、時価(実勢価格)と相続税評価額の間に生じる意図的な乖離、および賃貸住宅等に適用される各種の評価減ルールに集約される。
2024年(令和6年)1月1日から施行された改正税制は、生前贈与の持ち戻し期間を3年から7年へと延長し、相続時精算課税制度に新たな基礎控除を設けるなど、資産承継の風景を一変させた。本報告書では、国立市の地価動向、都市計画法上の制限、および最新の税制改正を多角的に分析し、初めて相続・贈与対策に取り組む層が直面するリスクと、それを回避するための具体的戦略を詳述する。
不動産贈与における「評価圧縮」の定量的分析と論理的根拠
現金贈与がその額面全額に対して課税されるのに対し、不動産贈与は時価よりも大幅に低い評価額が適用される。このメカニズムを理解することが、相続対策の第一歩となる。
時価と評価額の乖離が生む節税効果
土地の評価は、公示地価の約8割を目安に設定される「路線価」に基づいて算出される。一方、建物の評価は、建築費の約5割から6割程度とされる「固定資産税評価額」が用いられる。この段階で、現金を不動産に換えるだけで資産の評価額は2割から4割程度圧縮される。さらに、その物件を賃貸に供する場合(貸家建付地および貸家評価)、借地権割合や借家権割合に応じた控除が適用され、最終的な評価額は時価の3分の1程度にまで下がるケースが存在する。
| 財産の種類 |
評価基準 |
時価に対する評価水準(目安) |
備考 |
| 現金・預貯金 |
額面金額 |
100% |
評価圧縮の余地なし |
| 自用宅地(土地) |
路線価 |
80%程度 |
国立市内の主要道路に設定 |
| 自用家屋(建物) |
固定資産税評価額 |
50%〜60%程度 |
経年劣化により評価額は逓減 |
| 賃貸マンション |
貸家建付地+貸家評価 |
30%〜50%程度 |
借家権割合30%等を適用 |
不動産贈与に付随するコストと損益分岐点
不動産贈与は評価圧縮効果が高い一方で、名義変更に伴う諸費用が発生する。これらは「入り口のコスト」として、将来の相続税節税額と比較検討されなければならない。
・登録免許税: 贈与の場合は評価額の2%が課される。これは相続による名義変更(0.4%)と比較して5倍高い設定となっている。
・不動産取得税: 土地や住宅には固定資産税評価額の3%(住宅以外は4%)が課されるが、住宅用地などには軽減措置が適用される。
・贈与税: 年間110万円の基礎控除を超える分に対して、10%から最高55%の累進税率が適用される。
これらのコストを考慮しても、相続時の税率が20%を超えるような資産家層にとっては、現在の低い評価額で次世代に所有権を移転し、その後の「値上がり益」や「家賃収入」を子供の世代で蓄積させるメリットが上回る。
2024年改正税制による贈与戦略のパラダイムシフト
2024年の税制改正は、従来の「暦年贈与」に厳しい制約を課す一方で、「相続時精算課税制度」の使い勝手を向上させた。
暦年贈与における「7年持ち戻し」ルールの影響
これまで、亡くなる直前3年以内に行われた贈与は相続財産に加算(持ち戻し)されていたが、この期間が段階的に7年に延長されることとなった。
1. 段階的適用: 2024年1月1日以降の贈与が対象となり、2027年以降に発生する相続から順次影響が出始め、2031年には完全に7年分が持ち戻しの対象となる。
2. 緩和措置: 延長された4年間(相続前4年前から7年前まで)の贈与分については、合計100万円までは相続財産に加算しなくてよいという規定が設けられた。
この改正により、健康状態が悪化してから慌てて現金贈与を行う手法の効果は著しく減退した。対照的に、不動産贈与は「贈与時点の評価額」で固定されるため、将来の地価上昇や建物の老朽化による評価減を先取りできる利点がある。
相続時精算課税制度の活用と基礎控除の新設
改正後の相続時精算課税制度には、毎年110万円の基礎控除が新設された。この枠内での贈与であれば、贈与税の申告は不要であり、かつ将来の相続時に持ち戻す必要もない。
・メリット: まとまった金額(累計2,500万円まで)を早期に非課税または低税率で贈与できる。
・不動産との相性: 収益物件をこの制度で贈与した場合、贈与後の賃料収入(現金)は受贈者の所得となり、親の相続財産が増えるのを防ぐ「二重の節税」が可能となる。
国立市における地域特性と土地活用規制の分析
国立市は東京都内でも屈指の「文教地区」であり、美しい街並みを守るための独自の条例や規制が多数存在する。これらの規制は不動産の資産価値を下支えする一方で、相続対策としての土地分割や建築計画に制約を課す要因となる。
地価動向と公示価格の推移
国立市の地価は、JR中央線沿線の利便性と閑静な住環境への評価から、安定的な上昇傾向にある。2025年(令和7年)の公示地価によれば、住宅地の平均価格は40万8,333円/㎡に達しており、特に「国立市東1丁目」などの駅至近エリアでは50万円を超える地点も珍しくない。
| 調査地点 |
2025年公示地価(円/㎡) |
用途区分 |
備考 |
| 国立市中1丁目18番49 |
568,000 |
住宅地 |
国立駅周辺の高級住宅街 |
| 国立市東1丁目9番22 |
505,000 |
住宅地 |
大学通り近隣 |
| 国立市住宅地平均 |
408,333 |
住宅地 |
全国的な上昇傾向を反映 |
このような高単価な土地を所有している場合、小規模宅地等の特例の活用や、適切な分筆を伴う生前贈与が、相続税負担を左右する決定的な要因となる。
敷地面積の最低限度と「ミニ開発」の防止
国立市では、良好な住環境を維持するため、多くの地域で「敷地面積の最低限度」が定められている。一般的に、第一種低層住居専用地域などでは165平方メートルや200平方メートルといった基準が設けられており、これを知らずに土地を細かく分けて贈与しようとすると、建築不可の土地、いわゆる「死に地」を作ってしまうリスクがある。
・分割の制限: 例えば、400平方メートルの土地を子供2人に200平方メートルずつ贈与することは可能だが、3人に均等に分けようとすると133平方メートルとなり、最低面積165平方メートル(または200平方メートル)の制限に抵触し、新たな建物が建てられなくなる可能性がある。
・開発事業指導要綱: 事業区域面積が3,000平方メートル以上の開発や、一定規模以上の集合住宅を建築する際には、近隣住民への説明や市との事前協議が義務付けられている。
大学通りの景観保護と高さ制限
国立市のシンボルである「大学通り」周辺は、景観重要建造物の指定や「国立市都市景観形成条例」によって厳格に管理されている。過去のマンション建設を巡る訴訟(国立マンション訴訟)を経て、この地域では高さ20メートル(商業地域では31メートル)を超える建築物が厳しく制限されている。
資産承継において、大学通り沿いの不動産は「希少価値による価格の安定性」というメリットを持つが、その反面、高層化による有効活用が制限されるため、収益性の最大化には工夫が必要となる。
マンション相続評価の改正(2024年ルール)とその影響
2024年1月1日より、分譲マンションの相続税評価額の算出方法が変更された。これは「タワーマンション節税」に代表される、時価と評価額の著しい乖離を是正するための措置である。
新たな評価計算式と「評価乖離率」
新しい評価方法では、従来の評価額に「区分所有補正率」を乗じて、市場価格の6割水準にまで評価額を引き上げる。
・評価乖離率の算出: 築年数、総階数、所在階、敷地持分狭小度などの要因に基づき、国税庁が定めた計算式で算出される。
・補正の基準: 評価乖離率が1.67倍を超える物件(時価の6割未満の評価となっているもの)は、評価額が増額される。
国立市内のマンションにおいても、特に駅至近の物件や高層階の住戸では、この改正により評価額が上昇する可能性がある。しかし、依然として現金(100%評価)に比べれば60%程度の評価で済むため、贈与による節税効果が完全に消失したわけではない。
国立市での相続対策・贈与手続きの実務フロー
対策を実行に移す際、国立市の住民が利用すべき公的機関や専門家の役割を整理する。
相談窓口とエビデンスの確保
贈与は「契約」であるため、後日の税務調査で否認されないよう、客観的な証拠を残すことが重要である。
1. 贈与契約書の作成: 国立市内に公証役場はないが、近隣の「立川公証役場」や「府中公証役場」で確定日付を得る、あるいは公正証書を作成することが推奨される。
2. 税務相談: 管轄は立川税務署である。相続税や贈与税の複雑な相談は、オンライン事前予約の上で税務署の窓口を利用するか、国立市役所が定期的に開催する税理士相談会を活用することができる。
3. 専門家ネットワークの利用: 国立駅周辺には、相続登記に強い司法書士事務所や、遺産分割トラブルを扱う法律事務所が多数存在する。
| 機関名 |
所在地 |
主な業務内容 |
アクセス |
| 立川税務署 |
立川市緑町4-2 |
相続税・贈与税の申告、納税相談 |
立川駅徒歩10分 |
| 府中公証役場 |
府中市宮町2-15-13 |
遺言書作成、贈与契約の公証 |
府中駅徒歩3分 |
| 国立市役所 |
国立市富士見台2-47-1 |
無料税務相談、都市計画情報の確認 |
谷保駅徒歩10分 |
| 立川地方合同庁舎 |
立川市緑町4-2 |
法務局(不動産登記)、税務署 |
立川駅徒歩10分 |
不動産贈与を成功させるための具体的なステップ
初めての対策で失敗しないためには、以下の順序で検討を進めるべきである。
・ステップ1:現状の財産評価: 現金、預貯金、不動産の「時価」と「相続税評価額」を算出する。特に国立市の土地は路線価に基づき精緻に計算する必要がある。
・ステップ2:都市計画規制の確認: 分割を伴う贈与の場合、敷地面積の最低限度(165㎡・200㎡等)を市役所の都市計画課で確認する。
・ステップ3:制度の選択: 改正後の「暦年課税(7年ルール)」か「相続時精算課税(110万円基礎控除)」のどちらが家族の状況に合致するかをシミュレーションする。
・ステップ4:収益性の検討: 贈与する不動産が将来的に賃料を生むのか、あるいは維持費だけがかかる「負動産」にならないかを判断する。国立市のマンション市場は比較的安定しているが、築年数や立地条件の精査は不可欠である。
・ステップ5:実行と登記: 贈与契約書を作成し、速やかに所有権移転登記を行う。登録免許税(2%)の納付もこの段階で行う。
結論:国立市の資産家が取るべき長期的ビジョン
「不動産贈与は現金の3倍お得」という格言は、日本の税制が持つ「評価の歪み」を突いた極めて合理的な戦略に基づいている。2024年の税制改正は、この歪みを一部是正しようとする動きではあるが、国立市のように地価が堅調なエリアにおいては、不動産を活用した資産圧縮の優位性は依然として揺るぎない。
特に、110万円の新基礎控除が設けられた「相続時精算課税制度」を活用し、国立市内の優良な収益物件を早期に次世代へ移転させる手法は、現金の持ち戻しリスクを回避しつつ、子供世代に安定したキャッシュフローを提供できる現代的な最適解といえる。しかし、国立市特有の景観条例や最低敷地面積制限といった「街づくりのルール」を無視した対策は、将来的な資産価値の毀損や親族間の争いを招く。
本報告書で詳述した通り、相続・贈与対策は単なる税金の計算に留まらず、地域の法規制、地価のトレンド、そして次世代のライフスタイルを統合した「資産デザイン」であるべきだ。立川税務署や地元の専門家ネットワークを最大限に活用し、事実に基づいた冷静な判断を下すことが、国立市の美しい住環境と共に大切な財産を次代へ繋ぐ唯一の道である。